本文
癌は医学用語としては悪性上皮性腫瘍をさしますが、ここでは上皮性、間葉系の悪性腫瘍を広く指す一般用語として、ひらがなで「がん」と記します。
病理診断科には6~8名の臨床検査技師が標本の作成や細胞診標本の検鏡、病理解剖の助手などの業務を行っています。(うち5名が細胞検査士、1名が認定病理検査技師)
また、他にも業務のサポートをする臨床検査技師がいます。
医療スタッフの中にも細胞診と組織診の区別が曖昧な方が見受けられます。両者は似ていますが、異なる検査です。
同じ方の乳癌でも細胞診標本と組織診標本ではこのように見えます。
固定方法と染色方法が違うため、色合いがかなり違っています。細胞診標本は細胞成分を塗抹(細胞をガラス板にこすりつける)して作るのに対して、組織標本は薄切(組織の塊をパラフィン包埋して薄く削りだしたもの)をガラス板に貼り付けて標本を作ります。
細胞診標本(パパニコロウ染色)
組織診標本(ヘマトキシリン・エオジン染色)
細胞診はパパニコロウ Papanicolaou(1883~1962)によって開発された診断法です。子宮頸癌の早期発見に有用であったことから、米国では子宮頸部擦過細胞診検査はパップテストpap testとして一般市民にも広く知られているそうです。パパニコロウ染色は細胞診検査の標準染色です。従来は子宮頸部や喀痰、尿など、擦ったり自然にはがれ落ちる細胞から標本を作って光学顕微鏡で観察、診断する剥離細胞診が主体でしたが、近年は病変部を細い針で穿刺して細胞を採取する穿刺細胞診が広く行われるようになりました。甲状腺や乳腺、頚部にできたしこりから採取されることが多いですが、細胞はいろいろな部位から採取されます。また、胸水や腹水など体の中に溜まった液体の中の細胞も調べることができます。
組織診断と比べると細胞の量が少なくてすみ、検査に伴う苦痛も少ないです。同じ様に針をさす検査でも細胞診はより細い針で可能です。ただし、細胞診だけでは診断がつかない場合もあり、組織診を併用しなければならない場合もあります。
提出された検体
(上)穿刺して採取した検体
(下)LBC(Liquid-based-cytology)検体
LBC標本作製装置にて標本を作製します。
染色を行います(パパニコロウ染色)
右側が自動染色機で、左側が自動封入機です。
標本を保護し保全性を高めるため封入します。
カバーグラス(薄いガラスの板)をかけて封入剤で固めます。
(上)直接塗抹標本
(下)LBC標本
最近は直接塗抹標本よりLBC(Liquid-based-cytology)標本が主流です。
細胞の塗抹面積はLBC標本の方が少ないですが、採取した細胞を効率よく回収でき、細胞の乾燥や変性はほとんどみられず、細胞の重なりが少ないため観察が容易です。
病変から採取した組織を肉眼及び顕微鏡で観察して診断します。光学顕微鏡による観察が通常行われます。切除された組織材料はそのままの状態では、顕微鏡で観察することはできません。顕微鏡観察に適した標本を作成する必要があります。
まず、材料は数時間から1日程度ホルマリン液に浸けた状態で固定されます。
摘出された臓器において標本を作る部分を適当な大きさに切り出します。
切り取られた材料は12~24時間程度の時間をかけてパラフィン包埋を行います。これは材料中の水分を除去し、パラフィン(蝋)に置き換えて固める操作で、常温では材料全体が適度な固さになります。その後、包埋作業を行います。
ミクロトームという機械を用いて3~5 マイクロメーター(0.003~0.005mm) 程度の厚さに薄切してこれをガラスの板 (プレパラート)に張り付けます。
張り付けただけの標本は、色がなく透明で観察できませんので、次に染色を行います。標準的にはヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行います。HE染色では診断が難しい場合は各種特殊染色や免疫組織化学染色を併用します。
自動染色機(HE染色、PAS染色)
封入(標本を保存するため、薄いガラスのカバーをかけます)
完成したHE標本
このような工程を経て標本ができますが、標本作成には少し時間がかかります。こうして作成された標本を光学顕微鏡で観察し、病理診断を行います。手術材料、生検材料ともにほぼ同様の方法にて標本を作ります。材料をパラフィンで包埋して薄切するため、ある程度の大きさを要します。そのため、臓器によりますが検体が少ない場合には細胞診の方が診断できることもあります。
「がん」であることが前もってわかって手術を始めても、手術中に切り取った臓器の端に「がん」が及んでいないことを確認する必要がある場合があります。傷の回復や機能の温存、外観などを考えると切り取る範囲が狭いのに越した事はありませんが、再発の恐れがありますので「がん」の取り残しもできるだけ避けたいものです。「がん」が切り取った臓器の端に及んでいたら、もう少し切り取る範囲を広げる必要があります(もちろん状況によってはそれ以上の追加切除ができない場合もあります)。
また、手術前に良悪性の決定が難しい場合もあります。腫瘍が「がん」であれば十分に広く切り取る必要があり、まわりのリンパ節郭清を行うこともあります。良性であれば、腫瘍の部分を切り取るだけの治療にします(もちろんこれは一般論で例外もあります)。
このような場合に手術中に緊急で短時間に行う組織診断を術中迅速組織診断といいます。前述した通常の組織診断の方法では標本作成に時間がかかるので特殊な標本作成方法で行います。切り取られた材料を急いで凍結させて薄切したあと、染色します。凍結して標本を作るので、フローズン・セクション frozen section と言います。通常、「フローズン」とか「ゲフリール」と呼んでいます。短く「ゲフ」という人もいます。
クリオスタットを用いて、凍結切片を薄切している所です。
通常の組織標本よりも作成が難しく標本の大きさも限られており、標本の出来も劣ります。しかも診断結果により手術方針が変わるので診断する側もプレッシャーを感じます。診断が難しい場合もあり、報告が暫定的なものになることもあります。「フローズン」が大好きという病理医にはあまりお目にかかったことがありません。
近年、手術中に緊急に細胞診材料を提出して急いで標本作成、結果報告を行う術中迅速細胞診断が広く行われています。癌の進行度を決定する因子の一つに腹水中における癌細胞の出現の有無が挙げられて、胃癌や大腸癌の取扱い規約に記載される様になったためです。
標本の作成方法は通常の細胞診断と変わりませんが、急いで報告する必要があり、担当する臨床検査技師はそれまで行っていた他の仕事を中断してこれに従事する必要があります。院内では複数の手術が同時に行われていますので次々に検体が提出されることもあります。
治療の甲斐なく、不幸にして亡くなられた患者さんの死因や病態の理解を深めるためにご遺族の許可を得て病理解剖を行うことがあります。病理解剖を行うのも病理医の仕事の一つです。
病理診断を専門に行う医師を病理医といいます。定められた経験年数と認定試験をへて日本病理学会によって一定の診断能力を持っていると認められた病理医は病理専門医の認定を受けます。